学校を卒業したあと私は某航空系の旅行会社に入社いたしました。実家は私の代で3代目になる家族経営の酒屋です。本来であれば長男の兄が家業を継ぐのが普通だと思いますが、ご存じのとおりどの業種を見ても個人経営の小売店は非常に厳しい状況です。そんな状況になるのは2代目の父はわかっていたようでわれわれ3兄弟には家業を継げとは言いませんでした(ちなみに私は二男です)。で、3兄弟全員フツーに就職しました。
旅行会社では毎日外回りの営業で、その当時は結構自由な営業でした。年に何回かは海外の添乗に行って若いうちにいろんな国にも行けましたし、営業先の旅行会社の女の子とコンパしたり、同僚とよく飲みに行ったり、お給料も割といい方でしたしね。何の不満もなかったんですが、ある時ふと思ったんですね、このままでいいのかと。バブルもはじけて不景気になりつつありましたし、なんか若いうちにやりたいことやった方が失敗してもやり直しがきくだろうと。で、その時大失恋もあり、はまってしまったロングボードもありでスッパリやめてしまいました。今考えるとその時は何か飲食でのんびりやればいいやって甘く思っていたんですね。
30歳までの4年間好きな波乗りをしつつまだ未知の世界だった飲食店の厨房に飛び込んだのです。私はこの生活に入る前に2つの事を決めました。まず30歳までの4年間ということ、もう一つは飲食店の基礎を覚えること。あっという間の4年でしたが、飲食店では厨房・ホールと一応基礎になる部分は学べたと思います、またリヨンにスカウトした大介君ともこの時期に出会っていますのでそれだけでも十分に意味のある時間だったと思っています。
いよいよ30になり、4年の間に決めたお好み焼屋さんでの独立に向かって計画を始めました。まず4年間で少なくなってしまった貯金を増やすために1年間飲食から離れます。すぐに働けて、割と稼げる職業はと考えました。宅配ドライバーなどもありましたが、店舗物件の見極め方や仕組みの勉強にもなるかなと思い、不動産仲介業にしました。目標は1年間で300万円です、月に25万貯金です。実家にお世話になりつつなんとか目標の金額を貯めました。そしていよいよ目標のお好み焼屋さんでの修行です。知り合いに紹介してもらったお店で2年半店長として修業しました。ここでは”商売する”という事を自分なりに納得いくまで勉強できたと思います。ちなみにここでもリヨンの本当の立ち上げを手伝ってもらった金井さん(戸越銀座で1昨年鉄板焼き店をオープン)に会う事が出来、今でも仲良くさせてもらっています。
で、やっと踏ん切りもつき物件探しです。ワインが好きだったのでワインと鉄板焼きのお店をやろうと考えていました。外国によくあるちょっとずれた日本食屋の雰囲気がコンセプトでした。そのころフランスも好きだったので候補の場所は日本のプチ・パリ神楽坂と決めていました。しかし個人で初めての飲食業で、資金もないとなるとなかなかこれっていう物件がなくて出ませんでした。時間もあることだし、フランスに住んでワイン畑も見に行ってみたいと思うようになり、3か月間フランスはリヨンでホームステイをし、実際のフランスの家庭での生活を経験しました。また、語学学校にも通い世界の若い人たちと久々の学生生活も経験しました。ちなみに現在の社名はこの語学学校と全く一緒です。のちのちこの経験がとっても役に立つ事になります。
いざお店を出そうという段階になるとやはり怖いんですね。これで失敗したらどうしようとかとか考えてしまっていろんなことを理由に先延ばしにしようとしている自分がいたのも確かです。しかしフランスから帰ってくると実家では大変なことになっていました。父が病気で倒れてしまったのです。当然暇とは言え母だけでは酒屋を経営することはできませんから何もしていない私が酒屋をやることになったんです。酒屋をやってみると毎月赤字でこれでは到底食べていけない状態だというのはすぐにわかりました。実際、実家は裕福なわけではなかったですけど、何不自由なくそれまで育ててもらいましたのでそんな状態だとは夢にも思いませんでした。しばらくして父が奇跡的に回復をしてくれましが、やはり以前のように働くことはできません。どうしたものかとしばらく考えました。みんなにとって、自分にとって何がベストなのか?
そんなときお店番をしながらワイナート(ワインの雑誌)という雑誌を手に取った時に震えるような衝撃を受けることになります。そこにはパリのあるビストロでの食事をしている風景が掲載されていました。そこから伝わってくるのはパリの本当に普段の姿で、かっこよく上品にナイフとフォークで食べているような感じではないのです。テイスティンググラスにドボドボワインを注いで、フランスパンなんて手で半分にしてそのままテーブルの上に置いてあるような。これこそフランスに住んでみて感じた事じゃないかと思ったんです。そしてなんといっても壁1面にワインボトルを置いて、そのボトルにホワイトマーカーで直接値段が書いてある。これを見た瞬間に「これは絶対いける!!」と感じたんです。後にこのお店をモデルにして作ったのが2店目のガールドリヨンです。
いままで自由にやりたいようにやらせてくれた両親・祖母の為に、酒屋を復興させるためにはどんな方法があるかを考えた結果、私が朝から酒屋業をやり、夜は雑誌に載っていたようなお店をやることだと思いました。但し、個人の酒屋ですと今から飲食店に卸しをすることが難しいのはカクヤスなどの台頭をみれば一目瞭然です。また個人への手売りにしても99ショップやスーパーでの安売り販売には到底勝つことなどできません。だったら自分で販売できるお店を作ってしまえばいいと考えたのです。
当時、ワインは今ほどカジュアルに捉えられてなかったように思います。特にお店で飲むワインはそこそこのものなら5000円ぐらいはしてました。ただ、私の場合酒屋ですので仕入れ値が分かります。「このワイン、レストランだとこんな値段になるんだー」と思ったものです。酒屋側としては確実な販路の確保、ワインのお店側では安く仕入れたワインを安く提供出来るという両店にとってメリットが出てきます。ちょうどお肉屋さんが焼肉屋さんをやったり、鮮魚店が居酒屋をやるような感覚です。さらにはボトルに値段を直接書くことによって、お客様には安心してボトルを頼める様にしました。これは寿司屋さんに値札がなかったのと同じで、にぎり1貫200円と書いたことと同じことだと思います。
そして、再び物件探しです。神楽坂はあきらめ築地・茅場町・八丁堀・京橋とくまなく歩いて3日目でしょうか、「今日もめぼしい物件なかったな~」とはじめから無理だと思っていた銀座方面を見ながら帰ろうと思って新富から銀座に入ったところに大きな桜の木が目に入りました。「春はきっときれいだな~」と思いふと横を見るとテナント募集の張り紙(ノートにマジックで書いてあった)が出てました。値段・広さも申し分ない物件で即決でした。
そして、年明けの2月14日にポンデュガールがオープンとなりました。飲食店でもやろうかなと思って会社をドロップアウトしてから実に9年の月日が流れておりました。その後の経過はこのHPのCOMPANYのページに年表として掲載しておりますのでご覧になってください。
かなり長くなってしまいましたし、まだまだ振り返るには早いんですが、今回の募集に当たってはかなり力を入れたいのです。なぜなら今回の出店が会社として、また頑張ってくれているスタッフにとって大きな分岐点になることが感覚的に解るからです。
私が飲食に飛び込んで思った事は単純にきつい仕事だという事です。長時間労働であるうえに給料自体も決して高いとは思えません(私がいた会社の賃金に比べてしか分かりませんが)。そして何より日本では調理人、飲食スタッフの社会的地位とでもいいましょうか、1部の有名シェフ以外はまだまだ低いと感じています。飲食の世界である程度の自由と給料を得るためには雇われているだけではダメだと思います。やはりどんなお店であれ自分で経営をすることがスタート地点であると思います。飲食の世界に飛び込んだ以上はそこをまず目指すべきだと思います。なぜなら飲食業では1発逆転がいたるところに転がっているからです。中卒だろうが少年院に行ったことがあろうが、引きこもりだろうが、おたくだろうがやる気にさえなって一生懸命やれば人生逆転できる世界なのです。夢がいっぱいある職業です。
私は今一緒に頑張っているスタッフにもおんなじ考えを持っています。ただ、「無責任に独立しなさい楽しいから」とは言いません。やはりそこには厳しい現実というのもあるからです。一歩間違えれば借金1千万、体はボロボロなんて言う事もあるからです。むしろそちらの方が多いかもしれませんね。1千万の借金という事は毎月10万返済したとして利息を入れたら10年以上かかります。その間は働いて返すことが中心になってしまいます。はっきり言って相当の手に職か有名でなければが飲食だけやって来た人が毎月の給料から払って行ける金額ではないのです。そこを真剣に考える必要はあると思います。
現在私は、詳しくは書けませんがみんなが安心して独立が出来るシステムを考えている最中です。ぜひその様に独立をして行ってもらいたいと思っています。が、今の会社の規模ではなかなか難しいところがあります。今の計画を実行に移すにはまだまだ会社の規模自体が小さすぎるのです。
そこで長くなりましたが今回の募集です。いつか飲食業をやりたいと思っていて、でもどうしたらいいかわからない人。独立をしたい人。一緒に会社を大きくしたい人。これ以上転職できない人。などなど。理由はいろいろでしょうがここら辺で人生1発逆転をしようじゃないですか。決して甘い世界ではありませんが賭けるだけの夢は十分にある世界だと私は思っています。
それでは良い出会いがあることを願いつつ挨拶を終わります。お会いできる日を楽しみにしています。
有限会社リヨンブルーアンテルナショナル 代表 安生 浩
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| 1 店長・副店長候補 |
| 給 与 |
: ¥300,000~¥400,000 |
| 賞 与 |
: 決算賞与あり |
| 勤務地 |
: 銀座または八丁堀の3店舗のなかのいずれか |
| 職 種 |
: 調理・ホール・店舗管理なんでも |
| 勤務時間 |
: 午後1時から2時入店 終了まで 午前1時から3時ごろ |
| 休 日 |
: 月5日か6日、年末年始、GW,夏期休暇 |
| 待 遇 |
: 昇給・賞与、食事補助、制服貸与 |
| その他 |
: 月1回食事会、2~3か月に1回レクレーション(釣り大会、大阪研修、BBQ大会など) |
| 資 格 |
: ~35歳位まで 飲食未経験不可
例:銀座店店長 29歳 4年半目 月給36万円 賞与年間30万円 |
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| 2 一般社員 |
| 給 与 |
: ¥230,000~¥300,000 |
| 賞 与 |
: 決算賞与あり |
| 勤務地 |
: 銀座または八丁堀の3店舗のなかのいずれか |
| 職 種 |
: 調理・ホール・店舗管理なんでも |
| 勤務時間 |
: 午後1時から2時入店 終了まで 午前1時から3時ごろ |
| 休 日 |
: 月5日か6日、年末年始、GW,夏期休暇 |
| 待 遇 |
: 昇給・賞与、食事補助、制服貸与 |
| その他 |
: 月1回食事会、2~3か月に1回レクレーション(釣り大会、大阪研修、BBQ大会など) |
| 資 格 |
: ~35歳位まで 飲食未経験可
例:八丁堀店 33歳 2年目 月給27万5千円 賞与年間30万円 |
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| 3 アルバイト |
| 時 給 |
: ¥1000~ |
| 賞 与 |
: 決算賞与あり |
| 勤務地 |
: 銀座または八丁堀の3店舗のなかのいずれか |
| 職 種 |
: ホール業務中心 |
| 勤務時間 |
: 午後5時~午前2時までの中で希望時間可(1日4,5時間) |
| 資 格 |
: ~35歳まで、男女不問、経験不問 |
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| 4 新プロジェクト始動につきスタッフ募集のお知らせ |
この度シークレットで進めていた4店舗目のお店が間もなくオープンいたします。
添乗の際、立ち寄ったローマで食べた料理やワインが忘れられなくて、
是非やってみたいと思っていたお店です。
当然イタリアンです。が、わたしがやりたいイタリアンと今、
私が知っている限りの日本のイタリアンとは別のものです。
ちょっとしたイタリア料理屋に行くと皿や内装は綺麗で、
グラスもでかくてワインもなんとなく高い。料理は芸術的に盛られているけど少ない、美味いけどね。
家庭的で親密で滋養味あふれるお料理を出してくれるお店、肉食って、ワインたっぷり飲んで、
大笑い出来て、しかも安い。
ローマの下町にあるような本物の食堂、それが私が開くイタリアン「Ginza Termini」です。
今回新店オープンに伴い一緒に働く仲間を2名のみ募集します。
勤務店舗は既存店を含め4店舗のいずれかになります。待遇・条件・連絡先については上記内容と同様です。
お電話お待ちしております。 |
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連絡先 03-5541-4343(ガールドリヨン)
試験 面接のみ 随時
みんなで仲良く楽しく仕事をするのがモットーです。皆さんと会える日をスタッフ一同楽しみに待っています!!